GivingTreeの雑記帳 [はてな版]

seeking for my another sky─それは、この世界そのものだと気付いた

言霊:無知の知を知らない無知

意見の相対性と科学の絶対性
"But science is not subject to majority decisions."
 
しかし科学は多数決ではないのです。(「知的社会研究所」HPによる原文)

しかし科学は多数決に左右されるものではない。(GT訳)
作家・養老孟司

Yoro Takeshi著『The Wall of Fools』
Toyozaki Yoko, Stuart Varnam-Atkin訳
IBCパブリッシング, p.11





つねづね、日本で起きている現象を英語で説明できるようになりたい思っていたので、日本の社会心理をえぐった養老孟司の名著バカの壁の英語版を読み始めてみた(原著は読んだことがない)。実は、いつだったかの出張でこの本の内容を引用して、日本ではこんな考え方がメインストリームになっていると説明したかったのだが、まずもって本のタイトルからして英訳が難しく難儀した。さらに原著を読んでいなかったのだから、見聞きした話しかできない。これでは名作とそれが巻き起こした1つの社会現象が十分に説明できない。勿体無いと思っていた。

空前のベストセラーになった本だから、前出の「知的社会研究所」のHPの疑問6(このHPの主張についてはなんら否定も肯定もしない。ただ正確な原文を引用したいだけである)にある原文を読んだ人は多いのだろうが、一応この文の前後の文脈を説明しておく。

著者は、地球温暖化防止に関する政府官庁との懇談会の場で討議された内容について、著者の指摘に対する官僚の反論を引用して、“科学は多数決では成り立たない”ことを主張している。英訳のほうがすっきりしている感じがするが、今回“言霊”とした箇所の前後の原文は次の通り。

最近、私は林野庁環境省の懇談会に出席した。そこでは、日本が京都議定書を実行するにあたっての方策、予算を獲得して、林に手を入れていくこと等々が話し合われた。そこで出された答申の書き出しは、「CO2増加による地球温暖化によって次のようなことが起こる」となっていた。私は「これは“CO2増加によると推測される”という風に書き直して下さい」と注文をつけた。するとたちまち官僚から反論があった。「国際会議で世界の科学者の8割が、炭酸ガスが原因だと認めています」と言う。しかし科学は多数決ではないのです。「あなたがそう考えることが私は心配だ」と私は言いました。おそらく、行政がこんなに大規模に一つの科学的推論を採用して、それに基づいて何かをする、というのはこれが初めてではないかと思う。その際に、後で実はその推論が間違っていたとなった時に、非常に問題が起こる可能性があるからです。

トラバ先にあるように、政府御用達の科学者の言うことは、テレビ・メディアを通じて一般に浸透する。俺も、トラバ先でコメントしてくれている「二酸化炭素」さん」の作品を読むまでは、両論の比較検討も満足にせずに「多数派意見」に飲み込まれようとしていた(この作品は本当に面白く為になるので是非読んでみてほしい)。というより、比較検討するために必要な知識が乏しかったというのが正直な所だ。皆がみな環境や自然科学の専門家でないのだから、考えてみれば地球温暖化の原因について確実なことを一般の人間がいえるほうが可笑しいことに気付くべきだった。つまり、一般の間でいかに“地球温暖化の原因=二酸化炭素”という「常識」が蔓延していても、それは事実の錯誤に過ぎないということだ(本来は「常識」ではなく、「一般的理解」とでも形容すべきところ。一般的理解≠常識である)。

問題の官僚からの反論に焦点を当ててみよう。

「国際会議で世界の科学者の8割が、炭酸ガスが原因だと認めています」

仮に国会の委員会等でこのような答弁をしたら噴飯ものだろう。それが政府主催の懇談会で為されるとは、まさに信じがたい。無論、著者の引用が一字一句正確であるかはわからないし、また単なる要約でしかないかもしれない可能性も考慮にいれた上での評価だ。これでは単なる権威主義ではないか。

ここでいう国際会議とは、二酸化炭素犯人説の否定派が少数派となっているIPCCの会議のことだろう。これは懇談会資料を検証すればすぐにわかる。そこで、既に多数派である出席者の8割を占める二酸化炭素犯人説の肯定派が「認めた」ことが、まるで「科学的事実」であるかのように扱われている。あるいは、「科学的事実」という見解ではなくとも、科学的知見について討議する為の場で明らかに数の論理が乱用されていることが見て取れる。これは問題ではないのか。

「科学は多数決ではない」という著者の指摘はもっともなものではないかと、強く共感した。
まだ本の読み始めではあるが、とりあえず心に残った言霊として書き留めておく。