GivingTreeの雑記帳 [はてな版]

seeking for my another sky─それは、この世界そのものだと気付いた

旅の収穫

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この旅の最大の収穫は、タクシーの運転手の青年との会話かもしれない。

名も知らぬ彼とは、スワヤンブー寺院を観光した帰り、腹痛を抱えながら仲間たちと分かれて、ホテルに単身向かおうとした中で出会った。もしあの時、仲間たちについてショッピングに付き合ってたら、彼らに大変な面倒をかけていただろう。我ながら正しい判断だったと思う。しかしこの判断が本当に正しかったのは、まさに彼との会話の中身にあった。

最後まで名前を聞かなかったが、彼は24歳で、中学までしか卒業していないという。そして彼はそのためか非常に謙遜して、自分は馬鹿(stupid)だと言い張る。けれども彼と会話していて、彼ほど聡明で、物事の仕組みをよく理解していて、そして使命感をもって誇らしく生きている中卒の24歳がいるだろうかと、逆に疑問に思った。

もちろん、彼と会話が通じるということは、彼が英語をしゃべってくれているということだ。まずそのこと自体が驚き。自身は中学までしか出ていないといいながら、政府の方針や日本政府の支援の仕方の問題などを、どこで覚えてきたのか流暢な英語で話してくれるのだ。彼が言うには、仕事側外国人の観光客をよく相手するかだという。いや、そんな半端な語学力じゃない。俺はいちいち、彼の物事に対する鋭い洞察力に感心していた。そして、

「それだけ物事をわかっているのならば、政治家にでもなって世の中を変えてみればいいのに」と俺がいうと、

「この国では政治家になったってだめです。何も変えられやしません。体制に取り込まれて、民衆に憎まれる一人になるだけです」

と、こう返す。

「ほう、ならそこまで分かってるなら、君が政治に影響力を持つ変革者になればいいじゃないか。社会の仕組みも、何が必要かもよくわかっているようだし、君ならいい実業家になれるんじゃないか?」

すると彼は即座に、

「一度、やってみたんですよ。まずこの国、汚いでしょ?ゴミの衛生管理の観念がないんです。ルールもない。だから、みんなやりたい放題・・・」

「ああ、だからか。あの河がものすごい臭いを発しているのは・・・」

そう俺が言うと、彼は面目なさそうな顔をして、話を続けた。

「そこで事業団を立ち上げて、街の清掃に乗り出したんですよ」

「ほーう!」思わず身を乗り出す俺。

「けれども潰されたんです。街のボスに。そしてそのバックにいる政治家に。僕のやろうとしていたことなんて、その程度のことだったんです」

「え、それで、物事を変えることは諦めてしまったの?」

すると、彼はきりっと顔を引き締めてこう言い切った。

「いえ、違います。もっと大きなことをやるために、こうして働いているんです。僕まだ24ですからね。まだまだ先は長い。できることは一杯あるんです」

もうこの時点で雷に打たれるような衝撃だった。同じ24歳の日本人の青年が秋葉原で何をしたかを想像してみれば、彼の言葉に対する俺の衝撃も理解できるだろう。このメンタリティ。このハングリーさなのだ。いまの日本の青年に欠けているのは!

「君なら必ずできるよ」

といっぱしの政治家のような台詞が俺の口から出た。が、俺は本当に彼なら何か出きるんじゃないかと感じた。ホテルに着いたとき、彼の名前を聞かなかったことを、いつか後悔するかもしれないなと思いつつ、敢えて、名は聞かなかった。

俺はもはや自分の腹痛よりも彼のほうに俄然に興味を持ってしまった。

「それで、君は変えるとしたらこの国の何から変えたいんだい?」

この質問にも、議員秘書も真っ青な立派な答えが帰ってきた。

「まず、環境政策です。ネパールは隣国の影響を強く受けて、モータリゼーションが急に進み、この有様です」

と、交通渋滞の中で立ち往生している自らを指して肩をすくめる。

「なるほど。日本車よりもインドやマレーシア、韓国の車が多く見られるね。これは、ネパールを有望なマーケットとみて強烈な売り込みを行ったからだろうね」と俺が言うと、

「そうなんです。おかげで安い車であふれる社会になり、満足な交通整理もできないままこの状態。環境にも影響が出ています。本当はここの空気、もっと綺麗だったんですよ。知ってました?」

「うん。飛行機の中からヒマラヤ山脈とネパールの位置を見て、これなら空気はさぞ綺麗なんだろうなあと思って降りたってみたら、なんのことはない。最近行ったハノイや、バンコクとあまり変わらない空気のよどみ具合だった」

「でしょ?まずは綺麗な空気を取り戻さなきゃ。ネパールの宝ですからね」

「じゃあ君はいったい何を提案するんだい?世界市場に先駆けて電気自動車の導入かい?」

ここからの彼との一問一答に注目。彼の回答がひじょうに的確で見事。何が必要で何が必要でないかを嗅ぎ分ける力をすでに身につけ始めていることが窺えた。

「いえ、電気自動車はネパールの事情に合いません」

「というと?」

「みてください。この悪路です。カトマンズ中心地からちょっと離れれば、ほとんどの道が舗装されていません。それに傾斜の高い坂が多い。馬力の弱い電気自動車は実用的じゃないんですよ。それに電気スタンド等を設置しても、そこに供給・蓄積する電力をどうするかという問題もあります」

なるほどと一発で納得、という顔でいたら、彼は得意気に話を続ける。こういうところは意気揚々な若者らしい。

「それに、電力は自動車のために供給するのではなく、一般家庭に均等に供給するべきです。本来、ネパールは電気と水の豊富な国なんですよ」

「そういや、ときどき停電するね」

「そうなんです。政府の電力の管理がなっていないからです。だからそこをまずなんとかしないうちに、電気自動車なんかを導入することは考えられないってことです」

君は本当に政治家か何かか!?と思いつつ、今度はちょっと意地悪に聞いてみる。(このへんから俺のサド魂が頭をもたげてくる。というより、こういう将来有望そうな人を見つけて、いろいろ聞きたがらないほうが変だとすら思う。それでは、その人に関心がないことの裏返しだから)

「じゃあ車を減らす一つの手段としてだね、路面電車を引いて、その分車道を狭くするってのはどうだろう。路面電車を使う人が増えれば、車使う人は経るだろうし、車道が狭くなれば、敢えて車使って通り抜けようと考える人も減るでしょ」

「だめです。ネパールの人たちは、まだ公共交通というものをよくわかっていません。路面電車みたいなものが導入されても、みんなこれまでどおりに振る舞って、下手すれば路面電車に喧嘩を仕掛ける輩までいるかもしれません。ネパール人には公共交通の概念が浸透していないんです。だから、独自のルールで動くようなものが導入されても、反発するか、無視して好きなようにやり続けるだけで、解決にはなりません」

「うーん、そうかあ。そういった路面開発事業だったら、日本はお手のものなんだけどねえ。じゃあ思い切って地下鉄とかは?これも日本のお家芸なんだけどね」

「(苦笑しながら)そういうお行儀のよいものは、まだまだネパール人にはなじまないでしょうね。地下にある乗り物なんて、息苦しく感じるでしょうし・・・とにかく、公共交通を整備するってのは、ネパールでは通用しないんです」

「じゃあ君はどうやって、過度なモータリゼーションから発したこの環境汚染を打開するというの?」と詰め寄ると、

「わかりません」

と、ひじょうに潔い。

「でも、それをこれからずっと考え続けます。まだ24ですから。人生の半分も終わってないんですよ、僕」

いちいち言うことがもっとも過ぎて感心通り越して尊敬してしまった。

彼の若さなら、「問題」に対する「答え」などなくてもよいのだ。ただ問題意識があり続け、それにいつか取り組んでやるという意志さえあれば、その問題意識は意味と価値を持つからだ。俺も実は答えを期待したわけではなかった。彼がどう答えるかに興味があったのだ。彼がしたり顔で何かを言い切ったら、叩きのめしてやろうかと思ってたんだが・・いい意味で、俺は期待を裏切られた。そして、いつかネパールを代表する政策家となって、日本に来てほしいとすら思った。

腹痛で話への集中が途切れそうになったとき、ホテルが近づいてきた。彼はそのホテルを、野心ありげにみつめる。俺は直感した。ああ、やっぱりこういう若者が、大物になるんだなと。彼はホテルのゲートに入りながら、いつか自分がこういうホテルのオーナーになってやる、と思っていたんだろう。目が鋭くどこかを見据えていた。

そんな彼との会話も終わりが近づいてきた。俺はおもむろに、彼に渡す予定で仲間と一緒にこさえておいた400ルピーの束をしまい、自分の財布から新たに500ルピー札を出し、こう彼に言って手渡した。

「君からは本当にいい話を聞かせてもらった。これはそのお礼として、約束は400だったけど、俺の気持ちだ。受け取ってくれ」

彼は最後まで丁寧に、

「ありがとうございます、サー」と言って、何度も何度も頭を下げた。

俺は彼に握手を求め、

「頑張ってこの国を変えてください」
と言って、仕事の名刺を彼に渡した。

そうして彼と俺との出会いは、終わった。
わずか30数分の間の出来事だった。

それでも、俺はこの旅最高の収穫だと思って、いま思い返しながらタイの空港でこれを綴っている。

ありがとう、名もなきでも将来ありき青年よ。俺のほうが目から鱗の経験をさせてもらって、もっと客と運転手の立場を越えて、語らい続けたかったくらい。でも・・・

その後、地獄が俺を襲ったのであった。

後は日記を読んでの如し。

バンコク国際空港にて執筆したままを掲載)