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コラム:政策を誤った民主党 支持率低下は半世紀のツケの総和

昨年9月の就任以来、首相は米軍普天間飛行場移設問題を迷走させた鳩山元首相、政局の混乱で東日本大震災の復旧・復興や原発事故対応の遅れを招いたと批判を浴びた菅前首相の後継として守りの政権運営を強いられた。「2人のツケを払わされている」と周囲にこぼすこともあった。(2012年3月2日付け読売新聞
アルファブロガーのきっこ氏がこの記事に対して、「いえいえ野田さん、あなたの支持率低下はあなた自身が原因ですよ。」2日のツイート)とコメントしていた。しかし、私は野田氏もきっこ氏も、事の本質を単純化(矮小化)過ぎだと思う。以下は、本件についてツイートした内容をブログ用にまとめたものである。


半世紀に及ぶ官僚依存政治のツケ

野田政権は、半世紀に及ぶ官僚依存政治のツケを払っているのだ。

「官僚依存政治では、官僚「が」悪いのではない。官僚「に」依存する政治「が」悪いのだ。鳩山政権は保守政権時代の脱官僚依存を目指したが志半ばで失脚。管政権はその揺り戻しで官僚依存に逆戻り。

野田政権はそこに立脚する官僚寄生政権となっているだけだ。

官僚依存政治の病巣と対策

官僚依存政治の病巣は深い。小沢氏はこれを打破すべく政治家個人の政策立案能力を高めようと制度設計を行ったがじっくり時間をかけないうちに政権奪取となり、結党10年=育成機関10年で官僚依存政治に切り込むことになった。鳩山政権下で脱依存改革を行ったが急ぎすぎ、官僚の反感を買った。

脱官僚・政治主導の象徴が鳩山政権の提案した国家戦略局の設置だった。だが政権を経るにつれこの構想は削り取られ、実体のないものとなった。官僚が政治の思い通りに動かない、また動かす能力が政治側にないため、「箱」モノに成り下がった。官僚依存政治からの脱却の芽はここで潰えた。

管政権以前も、官僚が優秀なのは一部の能力においてであって、国家を管理・運営・先導する能力などがないことは徐々に明らかになっていった。しかし原発震災対応でその無能さが完全に露呈すると、今度は完全に守りの体制に入った。震災対応の記録が残されていないのはその証左だ。

にもかかわらず、野田政権は官僚依存を止められない。普天間の問題では閣僚の果敢な判断が効を奏し、官僚がその硬直した思考ではこれまで突破口を見出せなかった問題を政治力で突破した。しかし、いざと突破したと思ったらまた官僚任せに戻ってしまった。実務を掌握しきれていない、まだ駒が足りないのだ。

足りないのは駒の「数」ではなく「質」

民主党が外交・安保政策に弱いという指摘は政権交代前からあった。しかし、政権奪取後の参院選でも、ただ駒数を増やすだけの選挙戦を展開し、駒の質を高める努力を怠った。結果、政権交代前から外交・安保に強い人員は変わらず、少数精鋭を分散配置せざるを得なくなった。それが現在の陣容。

真に脱官僚政治を目指すなら政権政党としてヒトの「質」の強化が何よりも必要。なのに「数の論理」に従って衆参両院「数」のみで政策実行能力を賄おうとした。いまからでも「質」の強化を行わなければ、脱官僚どころが政権基盤も危ういのが現状だ。

それが、野田政権の払っている「ツケ」の総和だ。