GivingTreeの雑記帳 [はてな版]

seeking for my another sky─それは、この世界そのものだと気付いた

平和について考える時間(上)

首都圏が台風の猛威にさらされている間、平和について考える時間が少しできた。

人の思考というのは不思議なもので、喧騒の中に静けさを見出したり、豪雨の中で黄昏れの時間を得たりする。俺の場合は、暴風雨の中でまるで時が止まったかのようにすべての音が掻き消えた。そのとき俺は、レストランでひとり食事していたのだが、仕事(運動)の関係で紹介してもらった、ある雑誌の記事を読んでるときに、その現象は起きた。

「武力によらない平和」を想像する


これが記事のタイトルだった。

読んでいたのは、「言霊」でも紹介したアンジェリーナ・ジョリーの記事が載っていたTHE BIG ISSUE JAPAN。その特集『平和省をつくる』の一連の記事の中に、愛敬浩二という憲法学者の記事があった。そのタイトルが、『武力によらない平和を想像する』だった。

まず、このタイトルが引っかかった。

だから、日本の平和主義者はダメだといわれるんだよ

そんな言葉を心でつぶやき、ため息をつきながら読み進める。
すると、徐々にこの「想像する」という言葉の意味が判ってきた。

記事には、こんなことを読者に「想像」させる記述があった。

 歴史に「もしも」はないけれど、それでもイラク空爆が始まったあの日、2003年3月19日の時点で、もしも日本に大量破壊兵器から自分を「守るため」戦争をする権利があって、さらに仮に強力な「日本軍」が存在していたとするならば──。事態はどう変わっていただろうか。

この瞬間だ。

すべての音が消え去り、「日本軍」がイラクで戦闘しているイメージが頭の中でめまぐるしく、まるでミュージックビデオのように交錯する。そして、日々止むことのないイラク戦争のニュース。これをアメリカ人に身を置き換えて、3千人以上の死者を出しながらもまだ駐留し続ける「同胞」の身を案じる心境が、突如「わかった」気がした。

そうか、これが「想像する」の意味か

俺はフォークを止めて読み進んだ。愛敬氏は、こう続けていた。

「日本軍がイラクで、地元の人を殺し、あるいは殺されるという状況に陥ったことはもう明らかだと思いますね。現在、自衛隊は攻撃されなければ基本的に撃ち返せないという条件でイラクへ派遣されています。ですので、周囲の状況が危険になれば撤退するんですね。これはよいことです」

これは、ただの憲法学者の言葉じゃない。学者風情にも、こんな考え方をする人がいるのか。

そんなことを思いながらも、俺はこの単純な「想像する」という作業の力に圧倒された。いままで、色々なことを「想定して」平和実現のために「構想」してきたつもりではいた。しかし、「想像」はしていなかったような気がする。しかも、アメリカが自らを置いている悲惨な立場に、日本を置き換えて考えてみるということは、本当に「想像だにしなかった」。アメリカと日本という国のあり方の違いから、「想像できない」ことだとタカをくくっていたからだ。しかし、「想像」というのは実に自由な作業で、国や民族の違いなど、現実的なことを組み入れなくても、できることなのである。そして、その作業を通じて、わかったことがある。

日本人は、やはり九条によって守られているんだ。

政策面での九条の適用とか、自衛隊専守防衛とか、集団的自衛権が行使できない制度上の制約という国内法上の縛りとか、そういったものをまったく無視して「想像」してみたとき、「九条のない日本」という選択肢が、いかに想像するのが難しいかがわかる。それだけ、根付いているのだ。この国を支えてきた、根幹的なシステムなのだ。

これをなくすということ、変えるということは、とんでもない選択肢を日本人に迫ることになる。それは革命にも等しく、人々の生活をも一変させてもおかしくない大変革をもたらすことになる。それは、日本を守ってきたものがなくなり、日本人の礎が消え去ること。そして、新たな礎を模索する旅に出ることにほかならない。つまり、日本人一人一人が、いまの繁栄、生活、安定、安全、平和を捨て、不安と恐怖に怯えながらも強く生きるという意志を持つことだ。簡単なことだ。想像してみればいい。

九条がなくなった後の日本を。

(下)へ続く