コラム:一寸の虫にも五分の魂
最近、俺は虫を殺さなくなった。
アリでもなんでも、よけて通るようになった。ハエや、蚊すら、叩いたりしなくなった。
(でも本格的に夏に入ったらアースマットくらいは焚くかもしれない…)
(でも本格的に夏に入ったらアースマットくらいは焚くかもしれない…)
でもたいてい、そのときその虫が助かったとしても、それはほんのわずかな瞬間で、次の瞬間には、誰かによって、わざとではなくても、潰されてしまっているのかもしれない。
俺がやっていることは、そのときその瞬間に、虫を殺した張本人になりたくないからで、良心のカシャクを感じたくないから、むやみな殺生を避けている―それだけなのかもしれない。
このテントウムシとは、電車のつり革で“鉢合わせ”した。テントウムシが先客だったのだ。ところがコイツ(“イッスン”と名付けておこう)に遭遇したとき、俺は手に触れたものが何かわからず一瞬ひるんで、しかも軽くイッスンを指の間に挟んで床に放り出してしまった。
床の上で、イッスンは暫くまったく動かないでいた。慌てたのは俺のほうだった。
しまった!コイツは先客だったのに、場所を奪って、
しかも命の危険に晒してしまった!
しかも命の危険に晒してしまった!
床に落ちてまったく動かないイッスンを見て、俺はイッスンが動き出すのを祈るような気持ちで見ていた。
ん?なんか動きがある!
やった、まだ生きてるぞコイツ!
やった、まだ生きてるぞコイツ!
だが大変なのはここからだった。イッスンが命に晒されているとはいえ、ここはちょっと混み気味の電車の中。若い女の子たちが立っているなかで、床にしゃがみこんで一寸もない虫を掬いあげるのはなかなかスムーズにできることじゃない。
しかしそんなこと躊躇してる場合じゃなかった。
五分の魂の命がかかってるんだ。
五分の魂の命がかかってるんだ。
俺は意を決して、さっとしゃがみこみ、素早く動き出そうとするイッスンの前に人指し指を差し出した。すると、イッスン、うまい具合に指に乗ってくれるではないか。
よ~し、いま安全なところに移すからな!
こうしてイッスンは、最初にいたつり革に無事もどることができた。荒涼とした危険に満ちた床より、何もない安全なパイプの上で気をよくしたイッスンは、そのパイプの上をさらに動き始めた。
まだ動くのかよ…おい。
いつまでも守ってやれないんだぞ、わかってんのか、え?
また落っこちたりしたらどうすんだよ!?
いつまでも守ってやれないんだぞ、わかってんのか、え?
また落っこちたりしたらどうすんだよ!?
―と、五分の魂を持つ生き物とはいえ、俺の気持ちが届くはずもなく、イッスンはつり革がぶらさがっているパイプの上を蔦って、最後には2枚目の写真のところまで登りつめて、そこに落ち着いてしまった。
俺にはイッスンが得意そうな顔しながらこう言ってるように聞こえた。
ふう、ここなら安心だー。 誰もオイラに手だし出来ないぞ―!
俺の妄想もたいがい、逞しいものだ…。
だがなぜ、人にもこのくらいやさしくできないんだろうな・・。
【最寄り駅のホームで携帯にて執筆】