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検証:米大統領が米国の国際刑事裁判所「復帰」を命じる大統領令に署名したという情報の真偽(結論)

オバマ大統領が国際刑事裁判所復帰を命じる大統領令に署名した事実はない

エグゼクティブ・サマリー

2012年5月3日、米退役軍人協会(U.S. Veterans Association)と関わりのある独立専門紙(注:機関誌ではない)"Veterans Today"(以下、VT)のシニアエディター Gordon Duff氏が同紙個人コラムに投稿した記事が、国内外の関係者の注目を引いた。オバマ大統領が国際刑事裁判所(International Criminal Court:以下、ICC)に"rejoin(復帰)"する大統領令(Executive Order:以下、EO)に署名したというのである。この驚くべき、そして仮に事実であるとすれば手放しで歓迎すべき情報について、諸処の公開情報を多方面から検証してみた結果、本ブログでは何の確証も得られなかった。Togetter概略まとめ

その後のネット情報の観察の結果、この情報の扱いについては大きく2つの流れがあることがわかってきた。オバマ大統領がとったとされるEOへの署名行動を「支持する側」「懸念する側」だ。「支持する側」は、大統領が"闇の勢力(dark forces)"に対する果敢な行動を取り始めたと手放しで賞賛し、「懸念する側」(但し、「批判」とまではいわない)は、「大統領がグローバリストの軍門に降った」だの、「米国市民の権利が侵害される恐れ」を論じた。実は、発端となった記事を書いたVTのGordon Duff氏の記事は、後者「懸念する側」の“立場”から書かれている。VTが米退役軍人協会の機関誌ではないにせよ、VTのサイトを見れば、その反シオニスム・反グローバリスト的傾向は一目瞭然だ。

イメージ 1
VTのサイトで見られる反シオニズムを宣言するバナー
シオニストなど糞食らえだ。我々はアメリカの側に立つ」と書かれている。

ICCは、アメリカがその創設に関わっていた1995年頃から、反対派によって「グローバリストの総本山」として忌み嫌われてきた。1998年のICCの創設を検討するローマ会議を招集する推進力となったICCの創設を求める国際NGO連合Coalition for the International Criminal Court:以下、CICC)を世界連邦運動World Federalist Movement:以下、WFM)が先導したことも、反対派の疑心と嫌悪を増長させたのだろうと推測される。

この「グローバリストの総本山」とまで言われるICCについて、退役軍人の側に立つVTのシニアエディターが好意的な記事を書くわけがない。実際、その内容は無知と偏見に満ちており、米国市民が国際法に拘束されることへの懸念を明確に表明しているが、その内容は明らかにICCの規定や実態を把握せずに書かれている。

ただし、興味深いのは、ICCに対する偏見や無知はともかくとして、米国の指導者らがICCによって逮捕される可能性についてはそれを肯定的に受け止め、むしろ歓迎する内容で書かれていることだ。この個人コラムがあくまで「VTを代表するものでもVTの関係者としての意見を表明するものではない」(
The views expressed herein are the views of the author exclusively and not necessarily the views of VT or any other VT authors, affiliates, advertisers, sponsors or partners. と断りが書かれている以上、Duff氏は「支持する側」として、個人的に歓迎する意見を表明しているのかもしれない。その真相は定かではない。Duff氏のコラムの全容については、後続の「検証編」で詳述することにする。

このようにバイアスのかかる記事において、Duff氏はオバマ大統領がいつ何のEOに署名したのかを全く明らかにしていない。仮にこれが秘密のEOだったとして、それをDuff氏「懸念する側」(公的には)と、後述するBill Brockbrader氏等の「支持する側」がどのようにしてその情報を知り得たのはおよそ窺い知れない。だが、仮に秘密のEOが署名されているという事実があったとしても、そのEOが持つ効力は、「支持する側」「懸念する側」の双方が期待したり懸念したりする内容といずれもかけ離れている。このブログでは、そのことも明らかにする。以降に続く記事はその検証の過程をまとめたものである。

検証で知り得た事実(1):公的情報

VT記事掲載の2日後、2012年5月5日時点で公開情報に絞った検証で明らかになったのは、以下の事実である。

  1. 直近の大統領令一覧にICCに関連する記述はない
  2. 直近の個々の大統領令の内容にICCに関連する記述はない
    • 直近の5月1日付のEO①は対シリア・イランの制裁に関するもの
    • 直近の5月1日付のEO②は国際通商規制の遵守に関するもの
  3. 直近の大統領布告一覧にICCに関連する記述はない
    • 直近の個々の大統領布告の内容にICCに関連する記述はない
    • 直近の5月1の布告で"ICC"の記述があるものは"ICCF"を指す別物
  4. 過去の大統領令ICPOに関わるものは1件だけ(09年12月付の発令)

検証で知り得た事実(2):専門家情報

同様に、2012年5月5日時点で専門家に照会した検証で明らかになったのは、以下の事実である。

  1. 国際刑事裁判所NGO連合(CICC)は、大統領令署名の事実を確認していない。
  2. 国際刑事裁判所NGO連合(AMICC)は、「記事の内容はフィクションである」と断定。
    • 同連合メンバーのワシントンのCGS会長は「事実ではない」と完全に否定。


検証の必要のない事実

実際の大統領の行動の有無如何にかかわらず、大統領がとれる行動の合衆国憲法上の制約や議会との関係、国際条約法上の慣習あるいはローマ規程の固有の規定として検証の必要のない事実もいくつか存在する。

  1. 合衆国大統領は、それが行政協定でないかぎり国際条約への批准を独断で決定できない。
  2. 合衆国連邦議会は、国際条約を承認する場合、上院の承認と大統領の署名を必要とする。
  3. 国際法上、国際条約はその条約に定められる批准の方法を以て批准されなければならない。
  4. ローマ規程上、国家は当該国の正当な手続きによる承認を得なければ条約に批准できない。