GivingTreeの雑記帳 [はてな版]

seeking for my another sky─それは、この世界そのものだと気付いた

非核:(上)日本人は、核廃絶を推進する「道義的権威」を持つ


続・アメリカが主導する「核のない世界」のビジョン~主導から体現へ~(上)

アメリカ主導で核廃絶の動きが国際的な広がりを持てば、「核のない世界」の実現は可能かもしれない。ポスト冷戦の枠組みの中では主要な核保有国はいずれも核戦力の削減・軍縮傾向にあり、アメリカなどはいわゆる純粋水爆といわれる新型核の開発を進めているといわれるが、その開発が進むに伴い従来の核戦力の縮小・廃棄が行われているのもまた事実だ。このままこの傾向が進めば、アメリカが具体的な戦略として核廃絶を掲げる可能性は十分にある。保守系やリベラル系の米紙ではなく、あらゆる産業と直結するリアリストの老舗でもある英フィナンシャルタイムズがケリー元候補の記事を取り上げたことには注目すべきだろう。最早、核による平和(パクス・アトミカ)は終焉を迎えつつあるのだ。半世紀以上にわたって核の傘に守られてきた日本も、この国際潮流の中で前時代的な発想を捨て、真の同盟国としてアメリカの核廃絶戦略を下支えするくらいの気概が欲しいものだ。アメリカが変わるときは、日本も変わらざるを得ないのである。

こう書いたのが約1年前。

今年1月にバラク・オバマが第44代合衆国大統領に選出される前、ケリー元大統領候補が両大統領候補に向け、アメリカは核兵器のない世界を望んでいることをアピールすべき」と、具体的な行動提案まで例示したある寄稿記事を読んで得た感想、いや確信だった。この確信は、現実のものとなった。

この記事から1年も経たない今年4月、選出されたオバマ大統領はプラハで歴史的核廃絶推進演説を行った。歴代大統領として初めて、核使用国としての『道義的責任』(moral responsibility)を認めたその演説は、世界中で賞賛され、多くの被曝者たちを勇気づけ、全地球規模の核廃絶運動に一気に点火した。


ケネディの系譜を受け継ぐオバマ

実は、こうした核廃絶を積極的に推進する演説を行った合衆国大統領はオバマが初めてではない。本家ホワイトハウスよりいち早く、プラハ演説の全文を真っ先にWebに掲載して有名になった米紙Huffington Post8月6日付けの記事によれば、オバマケネディの系譜を辿っているという。この記事を寄稿したテッド・ソレンセン(Ted Sorensen)氏本人が、ケネディ大統領の特別顧問だったというのだから、一定の説得力はある。

ソレンセン氏によると、ケネディ1961年1月の就任演説YouTube動画:9:47辺りから再生)でこう述べたという。

Let us "bring the absolute power to destroy other nations under the absolute control of all nations,"
「他の諸国を破壊する絶対的な力を、すべての国々の絶対的な管理のもとにおこうではないか」
訳:『ケネディ その栄光と悲劇』ホームページ

そして、日本ではあまり知られていない、同じ年の国連総会での部分的核実験禁止条約に関する基調演説(YouTube動画:英語のみ、1:44、1:53辺り)で、こう述べたという。

"Weapons of war must be abolished before they abolish us,"
「戦闘兵器によって滅ぼされる前に、戦闘兵器を滅ぼさなくてはならない」
The risks inherent in disarmament pale in comparison to the risks inherent in an unlimited arms race."
軍縮に内在するリスクは、限りない軍拡競争に内在するそれの比ではない」

さらにソレンセン氏は、ケネディは同じ演説をこう結んだという。

"...No longer is the quest for disarmament a sign of weakness, (nor) the destruction of arms a dream -- it is a practical matter of life or death."
軍縮を希求することは、もはや弱さの表れではなく、また兵器を破壊することも、もはや夢ではない。これは、我々が現実に直面する死活的課題なのである」
演説全文:ジョン・F・ケネディ図書館および博物館公式ホームページ※訳GivingTree

この演説の翌年の1962年、ケネディは就任わずか1年で未曾有の危機に見舞われる。

キューバ危機である。

キューバ危機を切り抜けたケネディの叡智

ソレンセン氏によれば、今年7月に亡くなった当時のマクナマラ国防長官は、キューバ危機、ベルリン危機のみならず、あらゆる危機において核を使用しなかったケネディ大統領の判断を支持した」という。またソレンセン氏自身も、大統領の側近すべてが「核の応酬どころか一発の弾丸も発射することなく危機を収容したケネディ大統領の手腕」により、将来に渡って核兵器に依存することがあってはならないことを学んだという。

McNamara supported President Kennedy's decision not to use nuclear weapons during the Cuban Missile Crisis, the Berlin Crisis or on any other occasion; and JFK's success in ending those crises without initiating a nuclear exchange or even firing a shot convinced all of us who served with him never to rely on nuclear weapons in the future, never, as he put it, "to risk a nuclear war in which the fruits of victory would be ashes in our mouth."

ケネディは、キューバ危機の教訓を振り返り1963年1月の一般教書演説連邦議会をこう諭したという。

旧来のように大量報復の脅威を示威しても「断続的な侵攻を食い止めるには至らないし、あらゆる合理的必然性を逸した数の超兵器を蓄積することよりも、(キューバ危機で展開したように)海上検疫を行う駆逐艦隊や、(ベルリン危機で展開したように)国境に重武装の兵隊を配備することのほうが、我が国の安全保障の現実に質するのではないか」

The old Eisenhower-Dulles policy of threatening massive retaliation, he told Congress in January 1963, reflecting upon the Cuban Missile Crisis, "may not deter piecemeal aggression; but a line of destroyers in a quarantine (like that around Cuba) or a division of well-equipped men on a border (like that around West Berlin) may be more useful to our real security than the multiplication of awesome weapons beyond all rational need."
参考図書:服部一成・著『ケネディ政権の柔軟反応戦略(1961年)』


キューバ危機でのケネディ政権の賢明な対応は示唆に富むものがある。最近になって、このときの対応は『13デイズ』という名で映画化されたが、非常に感銘を受けたものだった(→そのときの感想)。

しかし、哀しいかな。冒頭の記事にあるように、現代の米国人の六割は未だに「米国が広島と長崎に原爆を投下したことは正しかった」と考えている。この既成認識をどう変えるかが問われている。

(「中」に続く・・・)